札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)711号 判決 1969年7月07日
原告 藤原キツ
被告 林千治 外一名
主文
一 被告長野真雄は原告に対し別紙目録<省略>(一)記載の建物が原告の所有であることを確認する。
二 被告長野真雄は原告に対し別紙目録(一)記載の建物につきなされた同目録(二)(1) 記載の登記の抹消登記手続をせよ。
三 原告の被告林千治に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用中原告と被告長野真雄との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告林千治との間に生じた分は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し別紙目録(一)記載の建物が原告の所有であることを確認する。被告長野真雄は原告に対し別紙目録(一)記載の建物につきなされた同(二)(1) 記載の登記の抹消登記手続をせよ。被告林千治は原告に対し別紙目録(一)記載の建物につきなされた同(二)(2) 記載の登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
一 別紙目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という)は大正年代に築造され、原告がこれを所有している。
二 しかるに本件建物には被告長野を権利者とする別紙目録(二)(1) 記載の登記(以下「登記(1) 」という)及び被告林を権利者とする同目録(2) 記載の登記(以下「登記(2) 」という)が存する。
三 原告は被告長野に対し本件建物の所有権を移転したことはないから右登記はいずれも無効である。よつて、請求の趣旨記載のとおり、原告は被告らに対し本件建物が原告の所有に属することの確認を求めると共に、右各登記の抹消登記手続を求める。
と述べ、被告林の抗弁に対し「一1の事実は認めるが、同2の事実は否認する。二の事実のうち被告長野が本件建物を大改造し、二階に宴会場を設けたことは認めるが、その余の事実は否認する。三の事実のうち被告らが本件建物の所有権を取得したことは否認し、その余の事実は認める。原告は被告長野に対し原告が死亡したときは本件建物を金六五万円で売渡す旨の予約をなし、それまで賃料月額金一万円で賃貸することを約した。しかして、被告長野が氏原と本件建物敷地の借地契約をしてその賃料を支払つていたのは、本件建物の賃料が低額であつたことによるのである。」
と述べた。立証<省略>
被告長野は第五回口頭弁論期日まで公示送達による呼出を受け、第六回口頭弁論期日以後適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しなかつた。
被告林の訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因一の事実は認める。但し原告が本件建物を所有していたのは昭和三五年六月までである。同二の事実は認める。同三の事実は否認する。」と述べ、抗弁として、
一1 原告は本件建物において寿司屋を営んでいたが、昭和三一年頃から被告長野が同居して中華料理店を開業し、原告及びその娘藤原キサはその使用人として二階に居住していた。
2 しかして、被告長野は昭和三五年六月一日原告から本件建物を金六〇万円で買受けて所有権を取得した。
二 被告長野は昭和四一年一〇月本件建物を大改送し二階に宴会場を設けたが、被告林の父藤一郎に対し金五八〇万円の債務を負担していたので、昭和四二年六月右債務の弁済のために被告林に対し本件建物を金六〇〇万円で売渡した。
三 なお、本件建物敷地は氏原総一の所有であるが、被告長野が本件建物所有権を取得した昭和三五年七月以後は同被告が右敷地の借地人として、登記(2) が経由された以後は被告林がその借地人としていずれも氏原に対して敷地の賃料を支払つてきたもので、この事実によつても、被告長野、同林が本件建物の所有権を取得したことを裏付けることができる。
と述べた。立証<省略>
理由
一 原告の被告長野に対する請求について
本件記録によれば、原告提出の訴状及び昭和四三年九月一六日附準備書面はいずれも公示送達の方法により被告長野に対し送達され、第三回口頭弁論期日に陳述されていること、その後同被告の住所が判明したため第六回口頭弁論期日の呼出状以後の送達は通常の方法をもつてなされていること、右訴状及び準備書面は昭和四四年三月七日第六回口頭弁論期日呼出状送達の際同封して同被告に送られたが、同被告は口頭弁論終結に至るまで出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面をも提出していないことが認められる。
この事実によれば、右訴状及び準備書面は同被告に対し公示送達による送達がなされていたから、同被告については当初民事訴訟法一四〇条三項但書によりいわゆる擬制自白の適用を受けない関係にあつたが、その後、同被告は、自己に対する本訴請求の内容を現実に了知しながら全く争う態度を示していないものと認められるから、本件口頭弁論終結当時においてみる限り、原告の主張事実を明らかに争つていないものと認めるのが相当である。(もつとも、右訴状等の同被告に対する送達は公示送達の効力が生じた後になされた事実行為に過ぎないが、民事訴訟法一七九条一項所定の掲示の趣旨からみて、かかる事実行為としての送達が禁ぜられる理由はないから、この点は同被告につき擬制自白を認めるについて消長をもたらすものではない)。
そうであるならば、同被告は請求原因事実を自白したものとみなされ、かつ登記(1) の実体関係につきなんら主張、立証をしないから、同被告に対する関係においては原告の請求は正当として認容せざるを得ない。
二 原告の被告林に対する請求について
1 本件建物を原告が所有していたことは当事者間に争いがない。そこで、被告長野が原告から本件建物の所有権を取得したかどうかについて判断する。
原告が本件建物において寿司屋を営んでいたが、昭和三一年頃から被告長野がこれに居住して中華料理店を開業し、原告及びその娘藤原キサがその使用人として二階に居住していたこと、本件建物敷地は氏原総一の所有であるが、昭和三五年七月以後は同被告が借地人として賃料を支払い、登記(2) によつて本件建物の所有名義が被告林に移転してからは同被告が借地人として賃料を支払つていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、証人氏原総一の証言により真正に成立したものと認められる乙第二、第四号証及び証人氏原総一、我妻武美、藤原キサの証言に弁論の全趣旨を総合すれば、被告長野は将来原告を老後において扶養することを約して昭和三一年頃から昭和四一年九月まで前記のように本件建物に原告及びその娘キサと同居して中華料理店を経営し、右両名に対し(原告は同被告のためほとんど稼働していなかつたにもかかわらず)給料名義で金四万六、〇〇〇円の金員を支払つてその生活を支えており、右同居期間原告らとの間で特に円満を欠くようなことはなかつたこと、同被告は昭和三五年三月頃当時原告の所有であつた本件建物を大改造し、更にその所有名義を自己に移したうえ、これを担保として営業資金を得るため、同年六月一日の売買を原因として登記(1) を経由したこと、本件建物敷地については当初原告と氏原総一との間で土地賃借証書(乙第一号証)を交わして借地契約をなして原告が賃料を支払つていたが、昭和三五年六月一日附をもつて同被告が氏原との間で同内容、同形式の土地賃借証書(乙第二号証)を交わして借地契約をなし、前記のとおり同年七月から賃料を支払つていたこと、右賃料は氏原の妻が毎月本件建物に出向いて直接原告(昭和三五年六月まで)又は同被告(同年七月以後)から取立てていたこと、更に、本件建物の固定資産税は登記(1) が経由されるまでは原告が支払い、その後は同被告が支払つていたこと、原告は登記(1) のなされた後間もなく、右登記の存在及び同被告による本件建物敷地の賃料、固定資産税支払の事実を知つたが、前記のように自己及び娘の生活を同被告に依存しており、同被告の事業が発展すれば自己にとつても好都合であると考え、少くとも同被告と同居中右登記に表示された売買形式による本件建物所有権移転につき特に異議を述べなかつたこと、また、その後登記(2) の存在も知つたが、これに関しても被告らに異議を述べなかつたことが認められる。
この事実によれば、登記(1) のなされた頃、原告と被告長野との間に、同被告の営業資金調達のため本件建物所有権を売買名義で被告長野に移転し、その旨の登記を経ることにつき合意が成立したものと認めるべきであるから、登記(1) は実体関係を反映した有効な登記であると認めることができる。
もつとも、証人岩崎留蔵の証言によれば、被告長野が本件建物所有権取得の対価を支払つていないことにつき昭和四二年三月以後原告と同被告間で紛争があつたことが認められるが、本件建物所有権は前記のような事実関係の下に移転されたものであり、殊にその当時原告と同被告は家族のように同居していたものと認めて差支えないのであるから、両者の間に右所有権移転につき対価の授受がなかつたとしても敢えて異とするには足りないし、後日その点に紛争が生じたとしても、所有権移転の効果に影響を及ぼすものではない。また、証人岩崎留蔵及び藤原キサの証言によれば、被告長野は原告に対し登記(1) を経由した前後を通じ、家賃名義で、昭和四一年九月まで毎月金一万円ずつ、その後は毎月金七、〇〇〇円ずつを支払つていたことが認められるが、前記認定のような原被告との関係及び弁論の全趣旨からみれば、右金員は原告及びその娘キサの生活費の一部として支払われていたものと認めるのが相当であるから、右の事実をもつて直ちに同被告への本件建物所有権移転を否定する資料とすることはできない。更に、証人岩崎留蔵の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一には昭和四二年三月現在において被告長野が原告から本件建物を賃借したことをうかがわせるかのごとき「藤原家屋賃借の件」なる記載があるが、本件建物所有権移転に関し前記のような事実が認められる以上、右記載の一事をもつて原告間の本件建物所有権の移転を否定するのは早計である。証人岩崎留蔵は「昭和四二年三月に至り被告長野の食堂経営が不振に陥つたため、岩崎が同被告から甲第三号証の一の委任状の交付を受けて負債整理等を委任され、その際『藤原家屋賃借の件』として本件建物の家賃をきめることをも委任された」旨証言するが、右委任の趣旨は、被告長野が前記のように永年原告らに家賃名義で生活費を交付してきたことから、たとい経営者が交代しても右支払を続けてもらいたいと考え、これに関する取決めを右のような形で岩崎に依頼したものと認めるのが相当である。
2 次に証人林藤一郎の証言によれば、被告林の父林藤一郎は被告長野に対し金四〇〇万円の貸金債権を有し、これを担保するため本件建物に順位三番の抵当権を設定しその登記を経由していたこと、ところが順位一番の抵当権者により本件建物が競売されることになつたが、本件建物の価格からみて競売されてもこれによつては到底藤一郎の右債権は満足を得られない状態であつたので、被告林が被告長野からこれを金六〇〇万円で買受けて所有権を取得しその旨登記を経由し(登記(2) )、その代金で藤一郎及び先順位債権者への弁済を了したことが認められる。この事実によれば被告林が被告長野から所有権移転登記を受けた旨の登記(2) もまた有効である。
3 以上のとおり本件建物所有権が順次原告から被告長野を経て被告林へ移転している事実が認められる以上、被告林に対し登記(2) の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は失当である。
三 よつて、原告の本訴請求中、被告長野に対する部分は認容し、被告林に対する部分は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松野嘉貞)